Tin Pan Alley   Live House Tin Pan Alley
Columnイメージ
ヘッダー
What's New
ヘッダー
Message
ヘッダー
Floor
ヘッダー
Tin Pan Alley
ヘッダー
Member's Profile
ヘッダー
Menu
ヘッダー
Column
ヘッダー
Alley's Talk
ヘッダー
ヘッダー
Access
ヘッダー
ヘッダー
Mail
ヘッダー
ヘッダー
ヘッダーヘッダー
魔法のビートに乗って BY YOSHIRO NAGATO
ヘッダー
第2回 △INDEX < BACK NEXT>
ヘッダー
ヘッダー
シュガーベイブが産声をあげた場所

 つい先日、友人に誘われて、四ッ谷のジャズ喫茶「いーぐる」を2年ぶりに訪れた。前回、訪れたのは、デビュー30年を迎えた大貫妙子が彼女に縁りの場所を訪ねるというTV番組に引っ張り出された時。「いーぐる」店内で、大貫妙子と私が30年前の最初の出合いからシュガーベイブ結成に至る経緯を回顧するというものだった。そう、「いーぐる」(ディスク・チャート)は、シュガーベイブが産声をあげた場所なのである。
 1972年秋、「いーぐる」店主・後藤雅洋さんが「いーぐる」のすぐ傍にオープンさせたロック喫茶「ディスク・チャート」では、前回のコラムでも触れたSOON!の仲間が従業員として働いていた。私は友人の小宮ヤスユウに誘われ、その店で働くことになる。店内のカウンター横には、2台のターンテーブルを備えたガラス張りのDJブースがあって、私はコーヒーを立てながら、好きなレコードをかけていた。
ヘッダー ヘッダー
  オープン当初の音楽コンセプトは、60年代のブリティッシュ〜アメリカン・ポップスだったが、 小宮や私がレコード・セレクションを任されるようになってからは、かけるレコードも変化していく。ラヴィン・スプーンフル、ヤングブラッズ、ビーチ・ボーイズ、ラスカルズ、ジョニ・ミッチェル、ローラ・ニーロ、キャロル・キング、ジェイムズ・テイラー、アル・クーパー、ジョン・セバスチャン、アルゾ、ポール・バターフィールド、リトル・フィート、ベン・シドラン、フィフス・アヴェニュー・バンド、オハイオ・ノックス、トッド・ラングレンetc。当時のロック喫茶というと、タバコ臭い薄暗い店内にハード・ロックが大音量で響いてるようなイメージがあったが、ディスクチャートは、普通に明るい店内で、前述のようなレコードが始終鳴っていたわけで、見事に一般受けすることはなく、いつも閑散としていたもの。
  そんな数少ない客の中に当時、まだアマチュアだった山下達郎や大貫妙子、徳武弘文(Dr.K)らがいた。山下達郎とは、スプーンフルやヤングブラッズ、ラスカルズなどの話で意気投合、彼が音楽仲間たちと自主制作したアルバム『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を聴いて、その歌声に衝撃を受けたのもこの頃。さらに大貫妙子にジョニ・ミッチェルに 共通する音楽センスを感じとった私は、閉店後の夜中、店内で彼女のデモ・テープ制作に関わるようになる。
  セッションに加わっていたのは、小宮、徳武弘文、野口明彦ら。当時のテープを聴くと、ピーター・ゴールウェイ(フィフス・アヴェニュー・バ ンド/オハイオ・ノックス)やアルゾ、ジェイムズ・テイラーに影響されていたことがわかる。この深夜のセッションを見学に来るようになったのが、山下達郎。これがきっかけとなって、山下、大貫、野口明彦、村松邦男、鰐川己久男による新グループ結成となるのだ。シュガーベイブの誕生だ。
 この頃には、売り上げ不振のディスク・ チャートは、閉店の憂き目に遭い、区画整理のため、取り壊し予定だったジャズ喫茶 「いーぐる」が移転してくるのである。1973年の5月頃には、「いーぐる」になっていたと記憶している。
  山下に頼まれ、シュガーベイブのマネージャーになった私は、そのまま「いーぐる」で働きながら、新グループのデビューを画策。最初に人前で演奏したのは、新宿の「ラ・セーヌ」というライヴ喫茶だった。ライヴといってもレパートリーも少なく、山下、大貫の曲のほか、小宮や私の書いた曲、それでも足りなくて、ジョー・サウスやキャロル・キングのカヴァーも演奏していた。ギャラは、5000円。レンタカーやらアンプ借りて、大赤字だった。
ヘッダー
ヘッダー   その次に出演したのが、長崎市のNBCビデオホールで行なわれたSOON!主催の「大震祭VOL.4」。1973年8月23日のこと。この時、山下、大貫、私の3人は、東京から長崎まで車を運転して行った。なぜ、ほかのメンバーのように汽車で行かなかったのか、今となっては理由を思い出せないのだが、、、。この時のことは、シュガーベイブ の『ソングス』のCDブックレットにも書いたことがあるので、読んでみてほしい。 で、長崎でのライヴ。ほとんど客のいなかった「ラ・セーヌ」と違い、200人前後の客を前にしてのこの時の演奏をシュガーベイブの実質的ライヴ・デビューと言っても いいだろう。未熟な演奏ながらもその垢抜けたポップなサウンドで聴衆の心に爽やかな印象を刻み込むことになる。
  「いーぐる」を訪れて驚くのは、内装やレイアウトが30数年前の「ディスクチャート」時代とほとんど変わっていないということ。椅子もテーブルもDJブースも当時のまま。夜中に店主の後藤さんとふたりで大工作業で作った棚やパーテーションもそのまま残っている。2005年4月には、シュガーベイブのデビュー・アルバム『ソングス』リリースから丁度、30年を迎える。
  △INDEX < BACK NEXT>
ヘッダー
ヘッダー
▲ TOP
ヘッダー
 
(C)2004 Salad days Project All Right Reserved.